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起承転結はロジカル?

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日本の教育現場で正しい文章の書き方として小学校の時から教えられる「起承転結」ですが、前回のセミナーの参加者の方より、社会に出たら「起承転結ではなく、起結、で、必要であれば、その後に承転を加えるように」と指導されたという話を聞き、ふと、そう言われてみれば、私も学校で、作文をする時に先生や親から口酸っぱく、「文章は起承転結で書きなさい」と言われ、それが普通だと思っていたことに気付き、いいチャンスだから、ここで「起承転結」について、調べてみてもいいかなと思い、調べてみたところ、びっくりしたのが、「起承転結は、元々は美しい漢詩を作るための構成要素として考えられた」ということ。

「えっ、文章をわかりやすく人に伝えるためのものじゃないの? だって、そう教わってきたよ。起承転結に従って書くと、人にわかりやすく美しい文章になるって...(- -;;」

本当にそうなんです。

ただ、漢詩で採用されていた修辞法(レトリック)が、その後、漢詩以外にも転用されることになり、結果、文章を書くために必要な文章構成の方法となったようです。

 

「起承転結」を細かく見てみると...

 

起: 事実や出来事を述べる

承: 「起」で述べたことに関することを述べる。解説したり、それによって起こる問題点を述べたり、感想、意見を述べたりする。

転: 「起承」とは関係のない別の事柄を持ち出す。

結: 全体を関連付けて締めくくる。

 

これらのことを踏まえて、下記、Wikipediaからの引用です。

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日本語学が専門で高崎経済大学助教授 (当時。後に教授) の高松正毅は、起承転結について、「こと説得を目的とする文章を作成するにあたっては極めて不適切で、ほとんど使いものにならない」と主張しており、「『起承転結』では、文章は書けない」と述べている。「起」「承」「転」「結」のそれぞれの機能の定義が明確でなく、各部分に含まれるべき文が曖昧であることを、高松は問題視する

高松はまた、起承転結が真に問題であるのは、それが「役に立たない」からではなく、思考に大きな影響を与えるためであるとする。すなわち、文章の論旨とは無関係のように見えることを「転」で突然言い出したり、論旨を「結」に書くために、可能な限り後のほうに記述しようとしたり、文章の構成として絶対に認められない思考様式を定着させると、高松は主張している

日本語教育が専門で千葉大学准教授 (当時) の佐藤尚子らは、論理的な文章は論理の一貫性が必要であり、「転」の部分が論理の一貫性に反すると批判している。言語文化学会東北支部長 (当時) で論文指導者の横尾清志もまた、「転」の部分が論理的な展開から逸脱している点が論理的でないとする。横尾は、起承転結は文学的な文章展開であり、論理性や客観的視点が無いため、論証や議論には適さないとしている。「たとえ中学生の作文指導であったとしても、起承転結などで書くことを意識させてはなりません」と横尾は述べている。

ベイン・アンド・カンパニーの日本支社長を務めた経営コンサルタントの後正武は、起承転結は修辞の技法 (レトリック) であり、論理的な正しさとは関係が無く、むしろ修辞に影響されることにより論理的思考の障害になるとしている。

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さて、英語においても19世紀のイギリスで使用されていた英語を基本に教え続けている日本。

日本語においてもそうだったの?とびっくり。

時代は21世紀。

やはり時代に適したロジックを身体の中に入れることは大切。

可能であれば、日本とは異なる文化圏で切磋琢磨された(国から派遣された人たちは正直、日本人社会で生きているので、ここから除外されます)人たちに、生き抜くための話し方、物事の考え方を教わりたいですね。

 

<関連文献>

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